「晴男くんって、何部なの?」
そのときのゆかりの印象といえばどちらかといえば悪いほうだった。というか、ゆかりが俺を見る目があまり好感の持てるものではなかった。暗い男だと思っていたのだろう。教室ではいつも寝ているだけ。いつも本を読んでいるような男だったらもしかしてそれ相応の同じような趣味の女子が話しかけてきたかもしれない。しかし俺は本も好きではない。さらに言うとゲームもそんなに好きではないから携帯ゲームをとりだすなんてこともしない。さらに言及していけば「ああ、ネクラ」と10人中9人に思われるような、ネクラキャラも確立していない。ようは本当に中途半端な男なのだ。
という、このようなことを全て見通したような目で、ゆかりは俺を見てきた。全部理解している、というような声で、ゆかりは話かけてきた。でも多分、実際ゆかりはわかっていたのだろう。かわいそうなくらい、人の事をよく理解できるやつだったから。
最初から俺の事を全て理解したゆかりが、初めて俺に話かけてきた、その内容は何部か尋ねるものだった。他愛無く、よくある質問。だけど、ゆかりが言ったのだから、それはきっと計算し尽くされて発せられた言葉。俺のような人間に話かけるのに、きっとそれは一番相応しい言葉なのだろう。だから俺はそれ以後、俺みたいなやつに話かける時はいつもそう言う。「お前って、何部なの?」「お前って、サークル入ったりしてるの?」
「吹奏楽部だけど。」
吹奏楽部だと告げたときゆかりはちょっとだけ表情を崩した。多分、吹奏楽、というのはゆかりにとって予想外の答えだったのだろう。うーん・・・小首を傾げ、続けて「何の楽器?」と聞いてきた。
「バリサク。バリトンサクソフォン・・・わかる?」
「って・・・サックス?こう、こうやって吹く、カッコイイやつ?」
そう言ってゆかりは左手を口の近くに、右手を足の方にやり、吹くまねをした。それはまさしく俺の吹くサックスという楽器のそれで、なんだか一瞬、そこにサクソフォーンが存在するかのように正確だった。ただ一つ、気になる事といえば。
「あー、うん。まあ。でも多分・・・」
「え?」
それは、ちょっとしたコンプレックス。だった。中学時代。
何だかんだ言って、俺は中学の頃から吹奏楽をやっていて、ということおは一応今年で5年目ということになる。中学のとき、俺はバカみたいに部活にのめりこんでいた。今までのまだ短い人生を下らなくも振り返って見れば、あの頃が一番快活な、というむしろ唯一快活な時期であった。まあ、言ってみればそんなところもごくごく普通なのだが。
ともかく、俺は中学時代からずっとバリトンサクソフォンを吹いていて、そして一時期、バリトンサクソフォン自体が俺のコンプレックスであった。
「・・・でも多分、お前が想像しているのは、アルトサックス・・・かな?」
「アルトサックス?」
ゆかりはよくわからない、という顔をした。その時、俺はなんて表情の豊かなやつだろうと思った。わかりやすい、といえばそうなのだけど、そういうのとはちょっと違う。素直、というのだろうか。なんにせよ、ゆかりはそれまでも―それからも表情をころころと変えた。誰かが言う下らない一言も聞き零すことなく全てに反応し、よく笑い、よく泣いていた。そのことを、俺はこのときに知ったのだった。
「バリサクは、多分お前の思っているのより、でかくてお前が想像しているよりも、かっこ悪い音を出す。」
「ふーん・・・」
俺は忘れない。忘れられない。その刹那。
―こんな風に思うのは恥ずかしく、馬鹿馬鹿しいけれど。
忘れない、その刹那
「かっこいいね!」
「・・・え?」
輝くばかりの笑顔。ゆかりの良いところを一つ挙げろと言われたら、多分、俺じゃなくても誰もが、笑顔、と答えるだろう。眩しい笑顔がゆかりのチャームポイントだった。
そう、多分。
俺がゆかりに恋をしたのは、このときだったのだろう。
そのときのゆかりの印象といえばどちらかといえば悪いほうだった。というか、ゆかりが俺を見る目があまり好感の持てるものではなかった。暗い男だと思っていたのだろう。教室ではいつも寝ているだけ。いつも本を読んでいるような男だったらもしかしてそれ相応の同じような趣味の女子が話しかけてきたかもしれない。しかし俺は本も好きではない。さらに言うとゲームもそんなに好きではないから携帯ゲームをとりだすなんてこともしない。さらに言及していけば「ああ、ネクラ」と10人中9人に思われるような、ネクラキャラも確立していない。ようは本当に中途半端な男なのだ。
という、このようなことを全て見通したような目で、ゆかりは俺を見てきた。全部理解している、というような声で、ゆかりは話かけてきた。でも多分、実際ゆかりはわかっていたのだろう。かわいそうなくらい、人の事をよく理解できるやつだったから。
最初から俺の事を全て理解したゆかりが、初めて俺に話かけてきた、その内容は何部か尋ねるものだった。他愛無く、よくある質問。だけど、ゆかりが言ったのだから、それはきっと計算し尽くされて発せられた言葉。俺のような人間に話かけるのに、きっとそれは一番相応しい言葉なのだろう。だから俺はそれ以後、俺みたいなやつに話かける時はいつもそう言う。「お前って、何部なの?」「お前って、サークル入ったりしてるの?」
「吹奏楽部だけど。」
吹奏楽部だと告げたときゆかりはちょっとだけ表情を崩した。多分、吹奏楽、というのはゆかりにとって予想外の答えだったのだろう。うーん・・・小首を傾げ、続けて「何の楽器?」と聞いてきた。
「バリサク。バリトンサクソフォン・・・わかる?」
「って・・・サックス?こう、こうやって吹く、カッコイイやつ?」
そう言ってゆかりは左手を口の近くに、右手を足の方にやり、吹くまねをした。それはまさしく俺の吹くサックスという楽器のそれで、なんだか一瞬、そこにサクソフォーンが存在するかのように正確だった。ただ一つ、気になる事といえば。
「あー、うん。まあ。でも多分・・・」
「え?」
それは、ちょっとしたコンプレックス。だった。中学時代。
何だかんだ言って、俺は中学の頃から吹奏楽をやっていて、ということおは一応今年で5年目ということになる。中学のとき、俺はバカみたいに部活にのめりこんでいた。今までのまだ短い人生を下らなくも振り返って見れば、あの頃が一番快活な、というむしろ唯一快活な時期であった。まあ、言ってみればそんなところもごくごく普通なのだが。
ともかく、俺は中学時代からずっとバリトンサクソフォンを吹いていて、そして一時期、バリトンサクソフォン自体が俺のコンプレックスであった。
「・・・でも多分、お前が想像しているのは、アルトサックス・・・かな?」
「アルトサックス?」
ゆかりはよくわからない、という顔をした。その時、俺はなんて表情の豊かなやつだろうと思った。わかりやすい、といえばそうなのだけど、そういうのとはちょっと違う。素直、というのだろうか。なんにせよ、ゆかりはそれまでも―それからも表情をころころと変えた。誰かが言う下らない一言も聞き零すことなく全てに反応し、よく笑い、よく泣いていた。そのことを、俺はこのときに知ったのだった。
「バリサクは、多分お前の思っているのより、でかくてお前が想像しているよりも、かっこ悪い音を出す。」
「ふーん・・・」
俺は忘れない。忘れられない。その刹那。
―こんな風に思うのは恥ずかしく、馬鹿馬鹿しいけれど。
忘れない、その刹那
「かっこいいね!」
「・・・え?」
輝くばかりの笑顔。ゆかりの良いところを一つ挙げろと言われたら、多分、俺じゃなくても誰もが、笑顔、と答えるだろう。眩しい笑顔がゆかりのチャームポイントだった。
そう、多分。
俺がゆかりに恋をしたのは、このときだったのだろう。
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